海老沢泰久さんを初めて知ったのは、
学生時代、週刊朝日に連載されていたドキュメント「F1 地上の夢」でだった。
ホンダF1のことを書いたその文章には、
あたらしい情報や知識の深さとは別に不思議な魅力があった。
うまく説明できないが、乾いた風のような印象。
ほとんど同時期に、私にとって特別な存在になる二人のイギリス人作家
J.アーチャーとJ.P.ホーガンの小説とも出会っている。
既に刊行されていた彼らの本を次々読み終えて、出版される新刊も読んで
「何故、これほど魅力を感じるのだろう?」と思った。
ストーリー・テリングの巧みさや、面白さが、そのすべてということではない。
彼らの小説を読んでいるときに自分を包む世界観が、とても好きだった。
自分の中の価値観や、目指すものが、間違っていないという安心感のようなもの。
優れたエンタティメントはたくさんあるけれど、同じ感触を与えてくれる
存在は限られている。
海老沢泰久さんの書いた文章には、それと同じ種類の魅力を感じた。
主人公が日本人で、日本社会の中で生きている..にもかかわらず!
J.アーチャーやJ.P.ホーガンの小説の魅力はイギリスを主舞台としているから?
と納得していた私には、不思議だった。
その文章の構成に鍵が、表現方法に共通点があるのかと思いながら
読み比べたりもした。
さて、本書。
海老沢泰久さんの小説としてはおそらく最初に手にした一冊だったと思う。
読み始めて、一気に読み終えて、うちのめされました。
たんたんと平易なわかりやすい文章でストーリーが書きつづられていく。
小説の中で主人公たちは、感情荒げることもなく、自分がやるべきことをやり
自分の人生を歩いていく。
しゃれた表現や、華麗な描写、華美な装飾は皆無。
それなのに、憤りや悲しみ、それに比した喜びやうれしさも
鮮やかに読者である私の心に再現されていく。
ジャンルとしては特殊な『料理』について書かれた小説ですが、
最上級のエンタティメントです。